灰色のピーターパン

小説を始めました 人生初の試みです このはてなブログで小説を書くことが正しいのかは不明ですが好きなように綴っていきます

音を売る人 第3話 「ケジメ」

「すいませんでした!」

俺と浩充と孝太は正座で横一列に並んでいた

3人とも頭を下げ、おでこをフローリングの床にくっ付けた状態をキープしていた

再び例の1LDKで今度は詫びを入れている

この様は滑稽としか言いようがなく、孝太に関しては客として初めてここに訪れた人間にあたる

何故、俺たちがあの九十九と言う男に謝罪をしているのか…

それは説明するまでもない 例の件だ

九十九は回転するチェアに座り、足を組みながら俺たち3人を見下ろしていた

「3人とも…顔を上げて」

それは意外なリアクションだった

怒号を浴びせられるとてっきり思っていた俺は安堵の表情で九十九の目を見た

しかし、その気持ちも一瞬で燃やされることとなるとは…今考えてもゾッとする

九十九は少しだけ笑みを浮かべながらその優しいリアクションをする理由を述べ始めた

「これを壊した…と言うことは解決方法は一つしかないのよ 分かるかな? 解決さえすれば僕は今回のことを無かったことにしてもいい…そう思っているわけだ」

浩充は何とも言えない表情でその言葉の意味を問いただした

「と…言うのは…その…どういう意味…」

「金だよ 明日までに500万用意して」

俺たちは知床の氷河のような冷たさに襲われ、震えが止まらなくなった

「ご、ごご500すか?」

孝太は500万と言う現実味を帯びない数字に驚きを隠せないでいた

「うん…何か問題でもあるかな?」

「そ、それはちょっと…厳しいです」

俺は本音を漏らした

「厳しい?あのね…この売買は足がつかないようにこの電話だけを連絡手段にしているわけだよ それが終わったってことは、本来売り上げることが出来た金額が飛んだってことなんだよ その分の売り上げの総定額は払うのが筋ってもんだよね?」

正論だ いや、正論じゃないけどこの裏社会ではきっと正論なんだ

孝太は半泣きになりながら必死に話の方向を変えようとしていた

「わ、割ったのは俺ですけど…その…さずかに無茶…いや、その…」

「無茶とか言わないでくれよ 借金でもして作るしかないでしょ」

ろくでもない男たちはろくでもない男に黙らされてしまった

沈黙が3分間は続いたと思う

すると、九十九は眼鏡の位置を細い指で整えてこちらに近づいてきた

俺たちは咄嗟に距離を取ろうとした

九十九はその時、今にも泣き腫らしそうな孝太の横っ面を叩いた

乾いたスネアドラムのような残酷な音がした

「泣いてんじゃねえよ 客の分際で、しかもお初にお目にかかるヤツが普通こんなことしねえだろが あ?」

もう一度思いっきり顔を叩かれた

その後、浩充の胸も蹴り飛ばした

俺は髪の毛を掴まれて、突き飛ばされた

やりたい放題とはまさにこの事だ

「お前らも黙ってねえで何か言えや」

優しい口調の姿しか見たことがなかった為、この豹変ぶりには恐怖しか感じなかった

「学校も適当で、音楽でも結果出せなくて…終いには裏稼業でも使えねえ てめえらの過去なんか俺には関係ねえけどよ…じゃあ、他に何が出来んだよ 答えてみろや」

俺はそれに対して逃げ道を作る為に最低な言い訳を口にしてしまった

「お、俺はお試しで始めただけで…まだ2回しかこの仕事はして…」

「知るかよ 1回だろーが10回だろーが自分のケツは自分で拭けよ ガキか」

すると、奥の部屋の扉が開いた

ドアノブの動く音は非常に無機質だった

出てきたのは身長190cmはある坊主の大男で黒いスーツを着こなしていた

服の上から鍛え上げられた筋肉が詰まっているのが分かった

「あ…平塚…どうした」

「さっきから隣の部屋で聞いてたら女々しいこと言ってんじゃねえかよ」

「だろ? あ、コイツらの答えが出るまで相手してやれよ」

それからはその平塚と言う謎の大男にひたすら殴られた

鉄のような拳で顔面や脇腹を容赦なく攻撃してくるのを誰も止められず、されるがままの状態が続いた

「す、すいません…」

切れた唇から出る血を片手で押さえながら浩充は謝ることしか出来ずにいた

「そう言うのいいから 九十九さんの手を煩わせるんじゃねえよ このまま殺すぞ」

俺は正直に答えた

「金は用意出来ません!そんな金ありません!すいません!本当にすいません!」

それを見ていた九十九はいつの間にか吸っていた煙草を片手に恐ろしいことを言い放った

「灰皿出せよ」

「は、灰皿?灰皿はテーブルにあり…」

九十九は俺の手を引っ張って掌を上にした

そして、そこに煙草を押し付けた

俺はデシベルなんて単位じゃ片付けられない大声を出してしまった まさに、絶叫だ

それを横で見ていた孝太は慌てて、持っていたウエストポーチのファスナーを開けた

そこから取り出したのは通帳とカードだった

「100万あります!俺の全財産です!会社にいた時に貯めてたヤツです!500はないけどこれで話つけてください!だから…コイツらに手を出すのはやめてください」

浩充は眼球を拡大させて孝太の方を見た

「お前何で通帳なんか持ってんだよ」

「金だろーなって…金の話はするんだろうなと思って持ってきたんだよ ただ、500万って言われたから出しづらくて」

九十九は吸い殻を床に落として、鬼の形相でその通帳とカードを奪い取った

そして、通帳をパラパラと捲り溜め息を吐いた

その後、通帳とカードを孝太に向かって投げつけてキッチンの冷蔵庫を開けた

「もういいよ…消えろ 2度と俺の前に顔を出すな」

俺は煙草を押し付けられた掌を動かさずに震えた声を出した

「え…か、金は?」

「100万じゃどうしようもない…俺もこれだけじゃなくて別の仕事は幾つかあるから手段は一つじゃない とにかく消えろ」

浩充はその場で何度か嗚咽をすると汚物をその場にぶち撒けてしまった

平塚は鼻をつまみながらキッチンの上にあった布巾を浩充に渡して一つだけ忠告した

「お前らこの仕事のことも…こんなことになったことも他で絶対喋んなよ 帰れ」

浩充は頷いて自分の嘔吐物を泣きながら拭いていた

その姿を俺と孝太はしばらくの間眺めていた

人間と言う生き物は非常に愚かだ

同じ過ちを犯しても学習しない哺乳類

しかし、それでも生き続ける

俺たちは現世で生き方をテストされている

酷な話だ この時に流した成人男性3人の涙

それは三途の河と同じ色をしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラーメンと言う料理を一番最初に考えた人間には何かしらの賞状を送るべきだ

今、この豚骨ラーメンを啜りながらそう思う

俺と浩充と孝太は千駄ヶ谷に店を構えるラーメン屋のテーブル席で麺とスープに夢中になっていた

3人とも一言も喋らず、割り箸とキスをするように博多の味を都内で貪っていた

俺は左手に包帯をし、浩充の右目は腫れたまま

孝太は口元の絆創膏が未だ剥がせずにいた

俺たちの座るテーブルの右斜め上には小さなテレビが置かれていて、普段なら決して見ることのないワイドショーが垂れ流しになっていた

カウンター席には中間管理職を任されていそうな中年のサラリーマンが背を向けて座っていた

厨房からは中華鍋の荒々しい金属音がしていた

それから暫く経つと、浩充は箸を動かす手を止めて口を開いた

「孝太…良かったな 金イジることにならなくて…」

「うん…でも、元はと言えば俺のせいだよな ごめん マジでごめん」

俺はレンゲで白く濁ったスープを掬って、それを一口飲むと2人の話に参加してみる

「謝るな 結局、俺たちもヤバい仕事に手を出していたわけだし」

浩充は再びラーメン食べ始めると、突然の決意表明をし始めた

「俺、良い病院見つけたから…通院して治すよ クスリにまた手を出したら同じことなるからな」

「おう…それもそうだけどアイツらは捕まんねえのかな?」

「いずれは捕まるだろ いつまでもあんな仕事続くわけないんだから」

「アイツらが最終的に俺たちを解放したのも、あれ以上のことをすると自分たちの身が危ないと思ったからだよ」

「いや、それよりも孝太は就職活動でバンド辞めたのに結局は会社を辞めてあんな形で俺たちと会うなんて…ヤバいよな」

「ブラックだったんだよ…それで、クスリに逃げようとした クズだよ俺は」

「みんなクズだろ」

何故かその後、全員で全てのことを笑い飛ばした 笑うことしか出来なかった

笑って笑って苦い過去も忘れようとした

だけど、数分後には同時に我に帰っていた

「なぁ…これからどうする?」

俺は皆んなが話したくない、目を背けたい現実的な話題を投げかけた

浩充は爪楊枝を咥えながら面倒くさそうな顔をしてiPhoneをいじり出した

「どうもしねぇよ つーか、どうにもなんねぇよ 中卒を中途で雇ってくれる仕事なんかあるのかよ あるなら教えてくれ」

孝太は目を逸らしながら水を飲んだ

「俺も…行くとかなんかないよ 会社も辞めちゃったし、どうせ今のバイトを続けるだけ」

その2人のリアクションを最後まで確認すると俺は深呼吸をして一拍置いた

言いたいことがあった 

でも、それはとても勇気のいることだった

俺は使える右手で膝を一回だけ叩いて背筋を伸ばして2人の目を見た

浩充はその俺の姿を見て眉間に皺を寄せた

「なんだよ」

「俺さ…またバンドやりてえわ」

浩充は椅子から転がり落ちそうになった自分の身体を元に戻した

「は?何言ってんの?本気?」

「本気だよ」

「バンドなんか…またやるわけねえだろ」

「じゃあ、どうする?またゴミみたいな仕事をするか?まともな仕事では誰も雇ってくれないぞ?それとも永遠のフリーターでも目指すか?宝くじでも当てるか?」

「岳…落ち着けよ 俺はたまに誘われてサポートでドラム叩くので精一杯だよ 分かるだろ?」

「だから何だよ 俺たちはバンドを組んで活動していたんだぞ?またそれを復活させるだけだ」

「お、オリジナルだろ?」

「当たり前だろ 今更コピーバンドやったところで何になるんだよ」

そんな話をしていると孝太は目を瞑って何か考え事をし始めた

ひたすら1人で頷きながら貧乏ゆすりまでし始めた

俺と浩充は黙ってその目の前の映像を眺めていた

まだ孝太は言葉を発さない

テレビの雑音と厨房の調理音だけがBGM

そんな時間が流れていた

その時、孝太は瞼を開いて笑ってみせた

「俺、やってみたい」

「はぁ?!ふざけんなよ」

「ふざけてないよ ベースは3年以上触ってないけど…触ってないけど…やりたいわ」

「ほら!孝太もやりたいって言ってんじゃん!お前はどうすんだよ」

「はぁ…孝太さんは何でやりたいんですか?」

浩充は椅子に浅く座って立膝をついた

「だって俺たち、もう音楽しかないじゃん しかもさ…最初のバンド活動だってまともなことやってないよ? 本格的にやろうよ」

俺は水を飲み干して強い力でテーブルにコップを置いて話をまとめてみた

「どうすんだよ やんねえならドラムはまた別で探すことにする」

「どうすんだよって…そんな思いつきみたいな話で…んー あ、見切り発車ってことはねえよな?」

「ない!保証する!」

「じゃあ…考えてやっても良い」

「アハハ なにそれ? 正直になれば良いのに 岳、これはきっとやるって意味だよ」

「孝太もそう思うよね? じゃあ、早速集まって楽器鳴らしてみよう!」

ラーメン屋

ここはラーメン屋なのは分かっている

でも、一瞬だけ自分たちしかいないシェハウスのように感じた

テレビの向こうで何かに怒っているコメンテーターにすら笑顔を見せることが出来た

俺は怪我をした左手を見つめながらワクワクした気持ちを抑えられずにいた

ラーメン屋って良いな

いや、男友達って概念が最高なのかもしれない

店の外はか弱い風が街を撫でていた

新しい生活がまた始まる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はヘッドホンを装着すると試聴機の再生ボタンを押した

1番と番号が振られたよく知らないアーティストの新譜の一曲目が適度な音量で流れた

それは無難なJ-POPだった

無難も無難だった 特にコメントしようがない

一曲目を聴き終えると二曲目は聴かずにヘッドホンを元の場所に戻した

俺は浩充と孝太に向かって首を横に振った

「聴くまでもねえだろ ジャケがダサいもん」

「浩充は相変わらず辛口だね」

「聴いてみないと分かんねえじゃんそんなの」

「まあな しかし…3人でCDショップに来るなんて何年ぶりだ?」

「そんな、何年ぶりのレベルじゃないでしょ」

俺たち3人は何故か渋谷のCDショップにいた

ラーメン屋の後はCDショップと決まっているわけじゃないけど何となく音楽を感じたかった

トボトボと一階のフロアを歩き回ってみるとエスカレーターに出会った

「あ、3階がロックのコーナーなんだ」

エスカレーターに運ばれると3階のロックのコーナーに心の中で挨拶をした

新譜が只管面出しされて並んでいる光景が俺たち3人には新鮮に見えた

ベテランの新しいアルバムから新人のデビューシングルまでとレンジは幅広い

名前の知らない歌手が表紙のフリーペーパーがCDの横に綺麗に積んであって手に取ってみる

すると、浩充はいきなり立ち止まって店員が作ったであろうポップを見つめ始めた

「どうしたの?」

孝太はその様子を不思議がった

「今大注目って書いてあるじゃん…本当にそうなの?」

「知らないよ そうなんじゃないの?店員も嘘は書かないでしょ」

「ダサいMVだな… 衣装も最悪だな…」

確かに俺もそう思った

浩充が酷評していたのは最近若者に大人気のロックバンドだった

バンド名は"星空が輝く夜に"

中性的な見た目のボーカルと今にも折れそうな腕の細さが特徴的なギタリストが印象的だった

楽曲の内容もよくある失恋ソング

「"星空が輝く夜に"は笑っちゃうよね」

すると浩充がMVが映し出されたモニターを睨み付けながらこう言い放った

「なんでこんなヤツらが売れんだよ…」

「そりゃあ色々計算されてて…」

「なんでこんなクソみたいな曲が皆んなにウケてんだよ」

「浩充…だからそれは…」

「バンド…やるわ 俺、ちゃんとやるわ」

俺と孝太はお互いを見合ってヘラヘラした

「やっとその気になったか」

「売れるとかそんなんじゃねえヤバい曲作るぞ 本当にやりたい音楽やるぞ」

「浩充?」

俺は真剣な顔の浩充を呼びかけた

彼が強ばった顔つきのままこちらを振り返る

俺は口角を若干上げたまま一言呟いた

「その通り」

バンドをやりたい その気持ちは皆んな同じ

でも、それは簡単なことじゃない

その気持ちも皆んな同じ

好きなことで…本当にやりたいことで…

成り上がる 絶対に成功する

難しいことなのは分かっている

それは天国にいる神様も地獄にいる神様も認知済みなんじゃないだろうか

コンパクトディスク 通称・CD

今はこの円盤の時代じゃない

でも、時代を軸に生きていない路上の掃き溜めのような俺たちにとってCDほど良くも悪くも瞬いて見える媒体はない

いつか真人間になる

その為には楽器から音を出し、声帯を震わす必要があった

今すぐにでも その必要があった

時は待ってはくれない 進むだけだ