灰色のピーターパン

小説を始めました 人生初の試みです このはてなブログで小説を書くことが正しいのかは不明ですが好きなように綴っていきます

音を売る人 第5話 「金」

「波多野って言います 宜しくです」

池袋にあるお馴染みのリハーサルスタジオ

そこに波多野と俺たち3人はいた

浩充は明るく受け答えをしていた

「冴島って言います みんなから浩充って下の名前で呼ばれてます よろしく」

2人が握手を交わすと、孝太も続いて自己紹介を始めた

「福士孝太です ベースやってます」

そして、俺がその3人をまとめてみる

「浩充と孝太とは元々バンドを組んでいたんだよ まあ、色々あってまたバンドやることになったんだわ」

俺はスタジオ内に設置されているミキサーのマスターフェーダーを少し下げると、丸椅子に腰掛けてマイクスタンドの高さを調節しながら話を続けた

「もう、2人には事前に話しているけど、波多野は高校時代の同級生 同じ軽音部だった ギターが弾けるし、ある程度上手い…尚且つ暇人 だからこのバンドに誘った」

「暇人って…まあいいや」

孝太は立ったまま顎をかきながら初めて会う波多野と目を合わせる

「波多野さんはどんな音楽が好きなんですか?」

波多野は背負っていたギターケースから赤いレスポールを取り出し、自分のルーツについて語り始めた

「アクモンとか聴いて…ヤベェな、ロックって感じになって…それからギター始めたんですけど…」

浩充はスネアドラムのチューニングをしながら話に混ざってみる

「アクモンってArctic Monkeys?」

シールドをアンプに接続してツマミを動かす波多野

「そうです 高校の時は岳とBrianstormとかカバーしたりして…なぁ?覚えてる?」

俺はエフェクターをセッティングしながら適当に返事をした

「あぁ 覚えてる それより…時間もないから俺たちの曲をとりあえず聴いてくれ」

波多野は一通りの準備を終えると履いているジーンズのポケットに両手を突っ込んで壁に寄りかかった

「どうぞ 感想は最後まで聴いてからにする」

その言葉の10秒後、俺たちはアイコンタクトをして浩充のカウントを合図にオリジナル曲の演奏を始めた

俺は既に歌詞も書き上げてきていた為、ギターを鳴らしながら歌ってみせた

浩充も少し走り気味ではあるが疾走感のある8ビートを叩いてみせた

孝太は良くも悪くもないようなルート弾きで低音を響かせた

"現金をばら撒け 銭が正義の世の中

 愛よりも重くて 価値があるって話だ"

声帯を只管、バイブレーションさせる

汗を流しながら、マイクのヘッドに噛み付く

俺はファズのペダルを踏んで、荒々しいブラッシングを披露した

約3分の轟音を一方的に浴びた波多野は深く頷いた

そして、口を開いた

「カッコいい でも、物足りない感じがする キーはAだよな?」

俺は波多野の目を見て首を縦に振った

「今のままだと、前奏はどこか聴いたことのあるフレーズなんだよね こんなリフどう?」

the pillowsからパクったギダーリフは波多野に瞬時に見抜かれていたようだ

多少、アレンジしてはいるものの"どこか聴いたことのあるフレーズ"で一蹴されてしまった

ギャンブラー波多野はカッティングなどを上手く盛り込んでさらに変化をつけた斬新なリフを演奏し始めた

深紅のレスポールが唸り出す

「俺がこれ弾くから岳はバッキングに徹して歌に集中した方が良い その方がカッコよくなる」

浩充の感心した様子が確認できた

「なるほど そっちの方が良いかも それならドラムも…」

キックのパターンを少し変えたドラムがエンジンをかけ始めた

孝太もそれに合わせて弦を叩いていく

4人の演奏が絶妙に融合するのが分かった

そして、波多野がギターソロを見せつけてきた

膝を床につけて、顔で演奏をする

それに応えるように、俺はダイナミックマイクに唾を飛ばしながらサビを歌い上げた

"Nouveau Riche Oh Yeah

 Nouveau Riche  Come Come"

とても気持ちの良いセッション

これが永遠に続けば良い…

そう思ったその瞬間、波多野のギターを弾く手が止まった

それに合わせて俺たち3人も演奏を中断してしまった

その時、思った

"何かが聴こえる"

俺は眉間に皺を寄せて、聞き耳を立ててみた

すると、ギターのフィードバックのノイズとは別にiPhoneの着信音が鳴っているのが確認出来た

俺は波多野の顔を見つめた

「波多野、電話だろ?出てきても良いぞ」

「お、おう…わ、悪いな」

波多野は慌てた様子でスタジオの扉を開けて外に出た そして、男子トイレに駆け込んだ

iPhoneの画面には見知らぬ携帯電話の番号が表示されていた

波多野は何秒か溜めて、応答した

「はい もしも…」

「おい!波多野!」

「は? え…は、はい あの…どちら」

「惚けるな 俺だ 新沼だ」

「あ…新沼先輩ですか…何の御用件…」

「テメェ…マジで馬鹿にしてるよな? 金返せよ いつになったら返すんだよ」

「あの…その…もう少し待って頂けますか?」

「もう十分待った お前…今どこにいる?」

波多野は震えた手を抑えられずにいた

「い、家です」

「嘘つくんじゃねえ 今、お前の家の前にいるんだけど 本当はどこだ、言え!」

「セッションって言う…スタジオにいます スタジオ・セッション池袋店です」

「そこから動くなよ 回収しに行くから」

すると電話相手はすぐに通話を切った

波多野は足先まで震え出して、休憩スペースの椅子に座り込んでしまった

頭を抱えて下唇を噛み、視線は地面から動かさなかった

次第にその足の震えは貧乏ゆすりに変わり、顔色が青ざめていく

その後、ポケットにねじ込んでいた折り畳みの財布を広げた

中には千円札3枚と100円玉が4枚、後はクシャクシャのレシートしか入っていなかった

店内に広がる名前も知らないインディーロックのサウンドが戦慄のBGMと変貌を遂げた

それから約10分後、俺たちは奴の様子を確認しにスタジオの外へ出た

そこにはどんよりとした空気を漂わせた波多野が真顔でそこにいた

俺は溜め息を吐き、近付いてみた

「波多野…どうした?具合でも悪いのか?」

浩充は煙草に火をつけてチノパンの上から膝を掻きながら喋り出す

「波多野さん、何でも言ってください」

孝太もペットボトルの水を一口飲んで、頷く

そして、波多野は顔を上げて、苦笑いを見せた

「今から借金の取り立てが来る」

俺は思わず大声を出してしまった

「はぁ?!き、金融屋から?」

「金融屋じゃない…」

「だって直接電話してくるって闇金とか…」

闇金なんか今時いないよ 漫画の世界だ」

浩充は半分も吸ってない煙草を灰皿に押し付けて、落胆した表情で俺の方を見つめた

「岳…どう言うことだよ コイツに借金あるなんて聞いてねぇぞ」

孝太は空のペットボトルをゴミ箱に捨てて、その場を宥めた

「浩充…"コイツ"はないよ 波多野さんでしょ 初対面だよ?」

「孝太、緩いこと言ってんじゃねえよ! 波多野さん…借金は幾らあるんだよ」

波多野は浩充から目を逸らした

「波多野、大事なことだ 言ってくれ…額によっては考えもんだぞ」

それから約1時間、波多野は借金の額を中々俺たちに言えぬままでいた

若干、話をすり替えては「練習に戻ろう」の一点張りだった

浩充も苛立ちを隠せずにいた

「アンタさ…こんな状況で練習に戻れるわけねぇだろ 詳しいこと話してくれって」

「そ、それは…その…」

その時、地上に続く階段から冷たい足音が聴こえた

血の通っていない無機質な靴の音だった

その音は段々と俺たちの方に近付いてくる

そこで、姿を現したのはウルフカットの金髪に白い無地のTシャツを着た身長180センチ後半の大男だった

筋肉質で右腕には黒一色の和彫りが刻まれていた

左手の人差し指には金の指輪が嵌められており、紺色のカーゴパンツがよく似合っていた

男は鋭い目付きでこちらを睨み付けてくる

波多野は口を半開きにしてその様を見上げた

「よぉ…波多野 久しぶりだな」

俺は生唾を飲み込んで、勇気を振り絞り質問をしてみた

「あの…どちら様で…」

「お前らには関係ねえ そもそも、コイツら誰なんだよ テメェ…1人じゃねえのかよ」

「お、お金ならありません!」

「波多野…面白いこと言うじゃん 無くても返してもらうもんは…返してもらうんだよ! つーか…お前、俺のこと馬鹿にしてんだよな?なぁ?」

男は波多野の前髪を掴んで離さない

波多野は黙り込んでしまった

「お前らが何者かは知らねえけど、コイツには俺からの…いや、俺たちからの借金があるんだよ」

孝太は単刀直入に聞くことにした

「幾らですか…借金」

男は即答だった

「70万 波多野!コイツらに俺のこと紹介しろ!端的に!」

「あ、あの…この人は俺が解体現場のアルバイトをしていた頃の先輩…新沼さん」

「そう 金融屋じゃねえから安心しろ ただ、俺とか俺のダチからちょこちょこ借りて…膨れ上がった70万って大金、こっちも泣き寝入りするわけには行かねえんだよ」

正論だ 本当に波多野が70万と言う大金を借りたまま返していないのであれば大問題だ

「借用書もあるから、逃れられねぇぞ 早く返せよ 今返せ」

俺たち3人は新沼と言う男と目を合わせずにいた

そして、波多野は震えた声で必死に抵抗した

「い、今は無理です!」

新沼は自分の頬の近くで人差し指を斜めに動かしながら、波多野の耳元で恐ろしいことを囁いた

「お前さ…俺の親戚にコレがいるのも前に教えたよな? 他にお前が金借りてる人間の中にも元々族の奴とかもいるんだぞ? お前がパチンコとか酒をやめねぇから…こうなったんだ 山に埋められたくなければとっとと返せ」

俺は困り顔をしている受付の店員が視界に入った 

孝太もそれに気が付き、店員に向かって両手を合わせて申し訳なさそうな顔をしていた

波多野は涙目になりながら膝に手を置いて新沼の目を見て小声で言葉を発した

「返せません すいません」

その直後、俺は新沼の後ろの壁に貼られていたポスターが目に入った

さらに、そこに書かれていた文章を黙読した

そして、1分近く続く沈黙を破ってみることにした

「返せます だから、もう少し待ってください」

新沼は拍子抜けした表情を見せた

「はぁ?! 根拠は?」

「まだそこは分かりません けど、コイツの借金は返せるかもしれません」

「かもしれませんって… アホか 確証もねえ宣言を受け入れられるか それともあれか?お前らが金をかき集めてやるってことか?」

「そうじゃないです!でも、もし上手くいったら年末には返せます!」

浩充は呆れ顔で仲裁に入る

「何言ってんだよ、岳 頭おかしいのか? そもそも何で俺たちがコイツの借金返済を手伝わ…」

「方法はある!だから、待っててください!」

「はぁ…いつまで待てば良いんだ?」

「今年中には決着をつけます!お願いします!」

俺は同級生の為に頭を下げた

深々と下げてみせた

波多野も何に対してのお辞儀なのか理解出来てはいないが、同じ動きをしていた

浩充はその一連の動作を見て、頭を掻きむしった

「なんだかよく分かんねえけど…波多野!俺は諦めねえぞ…また連絡する」

孝太は新沼が最後に舌打ちをしてスタジオの階段を登っていくのを見送った

その後、全員でその場に崩れ落ちた

俺は地べたに座り込み、浩充の肩に手を置いた

「お前、何言ってんだよ…マジで…もう!俺たちだって普段から金がねぇって言ってんのに、どこにコイツの…いや、波多野さんの借金を返す当てがあるんだよ」

そうすると、俺はその場からすぐに立ち上がり、先程目にしたポスターを指差した

「浩充…当てはコレだよ… 俺たちはコレに参加する」

孝太はそのポスターを暫く見つめてニタリと笑みを浮かべた

「なるほどね… ハハッ 凄いこと考えるね」

波多野は目を細めながら壁に近づいた

「ROCK OF DIAMOND…優勝賞金200万…」

いつもより早めに真夏のピークが去った9月の上旬

俺たち4人は腕を組みながら一枚の印刷紙を眺めている

金が欲しい 金は大事だ 

そう痛感する

でも、もっと大事なことがある

それは目標を立てることだ

目指すものが無ければ人間は生きてる意味がないのだ

店内の自動販売機のボタンの光がリズミカルに点滅してる

俺はその光よりも倍速でリズムを刻んでいた

そして、そのビートは止まりはしないのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄汚れた木製のテーブルにビールジョッキが4つ運ばれてくる

キンキンに冷えた生ビールが寂しそうにしている

我々、4人は年の功なら70代前半と言った感じの板前が店を切り盛りする個人経営の大衆居酒屋で浮かない顔をしていた

俺は片目を擦りながら仕切り始める

「じゃあ、とりあえず乾杯」

浩充も孝太も波多野も無言でガラスとガラスを軽くぶつけると、少しだけ口をつけて再び黙り込む始末

その後、小鉢に盛り付けられたお通しのサラダも到着するが、誰1人としてテンションの上がった様子ではない

俺はあるサイトの検索画面を表示させた状態のiPhoneを机の上に出した

画面にはROCK OF DIAMONDの文字

二、三回スクロールすると下部には"ネットエントリー受付中"の項目があった

浩充はそれを見て鼻で笑った

「あのよ…ネットエントリーするのは構わないけど、注意事項読んでみろよ ほら、ここ!オリジナルの楽曲を披露出来るバンドのみエントリー可 曲なんか出来てねえじゃん! 無理だ やめとけ」

俺は煙草を咥えると説明を始めた

「これから作る 応募の締め切りまでに 確かにネットエントリーする上で音源のリンクを貼らなくちゃいけない YouTubeにUPすることも含めてあと1ヶ月で完成させる」

波多野は肩を窄めながら、言う

「無茶だ 曲作ってレコーディングもしてYouTubeに上げる全部の工程を1ヶ月でやるなんて無茶過ぎる」

「無理って言うから無理になるんだ」

「なぁ…岳 俺の借金は俺の問題だ 自分で返していく だから、大丈夫だよ」

「そうはいかない」

孝太は麦芽とホップを体内に流し込みながらサラダを摘んでみる

「なんでだよ 俺は今日、波多野さんと初対面なのにこんな展開になってるの…正直受け入れられないし、波多野さんだってこう言って…」

俺は孝太の言葉を遮った

「俺が誘ったからだ 本来、俺たちとは無関係なはずだった波多野をギターが上手いから、曲作りをする上で必要だから、同級生でお互いのことをよく知っているからって理由でリードギターとして誘ったのはこの俺だ…責任がある」

浩充はニコチンを俺の目の前に撒き散らす

「勝手な理由だな…お前は勝手だよ」

「勝手だよな…分かってる でも…」

「でも?」

孝太は足を組んで椅子の背もたれに体重を預けて俺のことを横目で見ている

「賞金は200万だ 70万をそこから引いたとしても130万残る そのうちの120万を波多野以外の俺たち3人で山分け出来る 残りの10万は波多野もこのバンドのメンバーになることはほぼ確定なわけだし、その証として渡す これなら文句ないだろ?」

「1人40万か…」

「そもそも、波多野さんの加入は決定なの?」

波多野は俺たち3人のことをじっと見つめて宣言した

「バンドに入りたいです!最初はそんなつもりなかったけど…こんなに俺のことを考えてくれる同級生の組んでいるバンドなら…俺、真剣にギター弾きます!お願いします!」

俺は説明を続けた

「エントリー用の音源は一曲で良いんだぜ?後は各審査までにコツコツ作っていけば良い 4曲あればライブも問題はない 波多野は金にだらしないだけで、根は良い奴だ 保証する これでどうだ?」

浩充は読んでいたメニュー表を閉じて、握り拳を2つ作ってテーブルを叩いた

「ったく…分かった! このコンテストに出よう!その代わり…絶対優勝するぞ?」

孝太は半笑いで店員呼び出しのボタンを押した

「まあ、コンテストはバンドの名前を売るチャンスでもあるしね!岳と浩充と波多野さん…いや、ハタちゃんに着いていくよ!」

「ハタちゃん?!そ、その呼び方は…」

浩充は波多野と目を合わせた

「うるせえよ!文句言ってんじゃねえよ じゃあ、俺はハタな よろしく、ハタ」

波多野は顔を赤くして、ビールを一気に飲み干す 俺は波多野と肩を組んで笑みをこぼした

それから数秒後に店員がやってくると、浩充と孝太は適当につまめる物を頼んだ

俺はサラダを食べながら天井を見上げた

年季の入った内装はやけに味がある

そんなことを考えていると、浩充は波多野にある質問を投げかけた

「そう言えばさっきの新沼…だっけ? 身内にカタギじゃない奴がいるって啖呵切ってたけど…何者なの?」

「あぁ…新沼さんは元ヤンでバイクの走り屋だったんだよ んで、あの人の母方の叔父さんが組織の人間だったらしい もう除籍処分になって足は洗ったみたいだけど…まあ、脅し文句でしょ?」

「走り屋ねぇ…まあ、これからはペースを上げてくから練習も曲作りも頑張っていこう!」

波多野は深く頷いて加熱式タバコのスイッチを入れた

俺は無性に腹が減ってきて、店員が運んできた唐揚げや刺身を黙々と食べ進めた

浩充と孝太も揚げ豆腐や魚の塩焼きに食らいつく

その姿を波多野は優しそうな目で眺めていた

その後、店内は次第に客で溢れ返り騒がしくなり始めた

初老の店主も慌ただしく調理に追われていた

すると、波多野が咳払いをした後に語り出した

それは、中学生が話すような無邪気なロックがテーマだった

「みんなは…一番よく聴いたロックのアルバムって何?」

孝太はクスッと笑いながら箸を止めた

「フフッ ハタちゃん、いきなりどうしたの」

「いやぁ…こう言う話、してみたくて…」

浩充はいつの間にか頼んでいたハイボールを喉に流し込む

そして、回答した

「やっぱり…Harlem Jetsかなぁ…」

ブランキーの?名盤だよねぇ 福士君は?」

「んー なんだろうなぁ… The Beatlesだとは思うんだけど… どれだっけ」

「おい カッコつけんな お前からThe Beatlesのビの字も聞いたことねぇよ」

「岳、これはマジだって 決めつけんなよ」

「そんな岳はどうなんだよ」

「俺はレイジの1st一択だな アレは死ぬほど聴いたよ」

「レイジなぁ…で、ハタは?」

「俺は…やっぱりアクモンの2ndかなぁ…」

俺は皆んなの顔を見て、呟いた

「なんか…良いな、こう言うの」

しかし、すぐに浩充にツッコまれてしまった

「なんだそれ…キモいな」

音楽の話をアテに酒を飲む

これは何歳になっても繰り広げてしまう

そして、どんなつまみよりも味がする

名盤を語り、楽器への愛を吐露する

そこには大きな夢を交えて希望も語る

灰皿に愛が溜まり、不安が胃の中に消えていく

大声で笑い、喜びをテーブルにかき集めた

それから1時間近くは経っていたと思う

他の客は程よい時間で店を去っていく

しかし、俺たちはその場を離れなかった

閉店ギリギリまで熱くなった

最終的には本気で本音をぶつけ合った

そして、俺たちは満足げな表情で周りを見渡した

やけに静かだと思ったら、店内の客は俺たちだけだった

すると、厨房からあの店主がこちらに向かってきた

「もう店閉めるよ お会計して」

浩充は伝票を手に取り、椅子から立ち上がった

その時、割烹着姿のオヤジがこう聞いてきた

「ところで兄ちゃんたち…何やってる人?」

俺は素直にこう答えた

「バンドマンです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かみのない照明に照らされた待合室

俺は物音一つしかない空間に佇んでいた

壁に設置されたモニターにはお昼のワイドショーが映し出されている

何故か俺はその映像を見ながら貧乏ゆすりをしていた

履いていたジーンズのポケットから板ガムを一枚取り出すと乱暴に噛んでみる

深く深呼吸をすると天井を見上げた

わざと音がするようにくちゃくちゃと噛みながら目を瞑って考え事を始めた

それはバンドの事や将来の事だった

答えの出ないようなストリートを頭の中に描き出す

そんな時間を過ごしていると30代前後の清潔感が漂う女性看護師に声をかけられた

「式村さん 2番の診察室へ、どうぞ」

俺は慌てて立ち上がった

噛んでいたガムはまだ味がしたが、包み紙に捨てて診察室へ向かった

冷たい廊下が俺に挨拶をした

スライド式の扉をゆっくりと開けると、部屋の中には1人の中年男性が回転椅子に座っていた

汚れ一つない白衣を身に纏い、書類に目を通す男の名前は高橋 精神科医

俺は会釈をすると高橋の目の前にある椅子に腰掛けた

「どうも…式村さん お久しぶりです」

「お、お久しぶりです…」

高橋はカルテと思われるファイルをペラペラと捲りながら胸ポケットに挟んでいたボールペンを握った

「最近、どうですか?調子の方は…」

「んー まあ、あまり変わらず…」

「物忘れとかは…まだ多い?」

「それは少なくなりましたね…」

「そうですか…なるほどね…」

すると、平凡な精神科医は何かをメモし始めた

そして、それを見ていた俺は口を開いた

「先生!あの…」

高橋はメモを取る手を止めた

「ん?どうしました?」

「先生は…世の中、お金が全てだと思いますか?」

白衣の男はニタリと笑った

「いきなりどうしたのよ」

「先生、真剣に聞いています」

「そうね…お金か…僕はお金が全てだとは思いませんね」

「それは…どうして?」

高橋は暖かみのある顔付きになった

「例えば式村さんは今、ADHDと言う症状と戦っていますよね?これは極端な話になりますが、そんな式村さんが一億円を手にしたとします…そうすると美味しいモノも食べ放題だし、良い車も買えますよね?」

「はい そうですね」

「でも、"ADHDの症状が治る"なんて保証はないですよね?」

「ま、まあ…」

「世の中、必ずお金で解決出来る事ばかりじゃないんですよ これはあくまでも僕の意見ですけどね…」

俺はゆっくりと頷いた

「だけど、何でそんな事を…」

「いや、最近…お金に関して考えさせられることが色々ありまして」

高橋は優しい微笑みを投げかけた

俺は頭を掻きながら笑みを返した

「それで…どうします?ストラテラの処方は継続していきますか?」

そう聞かれ、背筋を何故かピンと伸ばした

「お願いします」

その後、俺は暫く問診を受けて、診察室を出た

受付の看護師と目が合ったが気にせず、柔らかい長椅子に座り込んだ

そして、膝に手を置いて床を見つめた

精神科医の言葉が脳内を浮遊する

"お金が全てじゃない"

実は俺もそう思っている

いや、そう信じたいだけだった

諭吉に笑われても構わない

それでも、紙切れと戦いたい

俺たちクズは五円玉を抱えて正義を振り翳すのだ

そして、その正義を音に変える

それが、バンドマンだ

これから長く険しい人生と言う名のライブを演奏しなくてはいけない

それにしては前奏が長い

もしかしたら、これはまだゲネプロに過ぎないのかもしれない

酷いけど輝かしい生活が再び彩り始めた